
#19
2025.10.10
のびやかに過ごす、翠蔭の家【設計士の自邸】
家族構成 | ご夫婦・お子さまひとり |
---|---|
施工エリア | 愛知県安城市 |
建物概要 | 平屋 |
敷地面積 | 140坪 |
延床面積 | 39坪 |

家族それぞれの時間と居心地になじむように、最初からつくりこみすぎず、未来に向けて育んでいけるように。
集大成でありながら、決して完成形ではない。
小さな好奇心は大きくふくらみ、行き止まりすら居場所になる。現在進行形で毎日を綴る、ご家族の暮らしを覗いてみませんか。
目次
まっすぐな好奇心が育つ

農業の先進国として知られる北欧デンマークにちなみ「日本のデンマーク」とも呼ばれる安城市。ご家族の住まいも、周囲をぐるりと田園が囲む穏やかな立地に建てられています。
左官仕上げの白壁が田園の風景にやわらかく溶け込む外観。
そして、ゆったりとつくられたエントランスの緑のトンネルを駆け抜けて、子どもが帰宅します。
「ただいま!」と元気な声を響かせ、向かった先はリビングの特等席。
ふと机に座って絵を描き始めると、いつも最初に山や川、木や海、サンゴや岩などの情景から描くといいます。
大きな窓の下に並ぶ水槽や植木鉢を確かめるように眺めると、傍らから引っ張り出したおもちゃを床に並べます。
木の工作でつくられた森や動物たちを中心に、思い思いに広がる世界。
「息子は動物が好きで『絶滅動物を守りたい』とよく話しています。飼っているカエルも、最初はプラケースだったのが、気づけば本格的なパルダリウム水槽になっていました。人間だけでなくすべての動植物が居心地の良い空間で暮らせるよう、子どもなりに考えて実行しているんだと思います」とご主人。
お子さまの自然や生命に対する感性、それに向き合う姿勢に学ぶことも多く、豊かに育っていることを喜ばしく感じる瞬間も多いそうです。
家族にも空間にも「暮らしを育む」メリハリを

設計士としてネイエの礎をつくりあげてきたご主人。子どものころのプレゼントでもらったログハウスのキットを組み立てたことがきっかけで、家づくりに興味を持ったと言います。
奥さまは一度は違う道に進んだものの、かつての夢を実現すべく設計の道へ。住まいを考えるにあたっては、ふたりの役割を明確に分けたことでスムーズに進行したそうです。
「設計上の統一感を大切にしたかったので、私は実現したいことを思いのままに伝え、それを主人が形にしていく流れにしました。途中、彼のなかでピンとこない部分があっても、時間をかけて叶えられる方法を考えてくれました」と奥さま。
ご主人は「実際に住んでみないとわからないことも多いので、普段からお客さまにも”最初から細かく決めすぎなくても大丈夫。”と伝えるようにしています。あとから必要なものが導入できるような余白を残しつつ、だんだんと家族の暮らしになじんでいけたらいいですね」と話します。
この住まいには、暮らしを心地よくする工夫が随所に散りばめられています。けれどもそれらが声高に主張することなく調和しているのは、空間と心に余白があるからかもしれません。
あえてずらすことで、その場所がいきていく

広々としたアプローチからポーチ、エントランスは、天気を気にせず自然に触れたり、親族が野菜を持って訪れるときにも心地よく使えます。
「いずれは玄関にちょっとしたベンチを置いて、訪れた方と一緒にお茶を飲めるような居場所にしてもいいかなって考えているんです」と奥さまは微笑みます。
ラウンジチェア:ブルーノ・マットソン/ミランダ
目の前には大きなガラス扉。その先は、LDKを通って奥の庭まで視線が抜けていきます。手前の壁面は緩やかなアールを描いており、訪れた人が自然とこのガラス扉に誘導されるように設計されています。
自然に正面の扉へと導かれ、家族は暮らしの場面に応じて正面と隣の動線を使い分けています。
ほかにも、奥に進むにつれて狭くなる廊下や、天井の高さの変化、トイレの扉を少し奥に配置するなど、空間に緩急をもたらす設計が随所に施されています。
「直線的に揃えるのではなく、あえてずらすことで空間に豊かさを持たせています」とご主人。こうすることで、開かれた空間と内に閉じた空間を直感的に示すことができると同時に、居心地の良さまで生み出してくれるのだと言います。
居場所が変わっても、心地よさは同じ

生活の中心となるLDKは、空間としては大きくひとつでありながらも、ダイニングとリビングの間にはさりげなく壁があり、天井からは門が下がっています。
「こうすることで視覚的にも精神的にも距離ができるので、子どもがリビングでおもちゃを出していても、ご飯を食べるときにダイニングに移動すれば自然と区切りがつき、ひとつの空間にいながら別の時間を過ごせるんです」とご主人。
また、ダイニング横のヌックは、子どもの着替えや昼寝、疲れたときにちょっと座るなど暮らしのさまざまな場面で役立っています。「夜になるとリビングの電気を消して、ゆったりとダイニングで過ごす時間の方が多いかもしれません」と奥さま。
周囲に建物がないため、光をたっぷりと取り込めるこの住まい。日差しの入り方に合わせて、セミオーダーのルーバーでやわらかく調整しています。
特に夏の夕暮れどきには、庭へと誘われるような、あたたかく優しい光が差し込むこともあるようです。
窓台には植物を飾るために、土の風合いを生かした表情豊かなタイルが敷き詰められています。土の質感を残した素材でありながら、通常よりも細切りにすることで繊細な印象に。「タイルのサイズや目地の幅までていねいに調整されています。
「想定外だったのが、子どもが窓台のそばにテーブルを置いて遊び始めたことです。植物を飾るだけでなく、生活の場として活用しているのが面白いですね」
見栄えも使いやすさも妥協しないキッチン

この住まいの中で、もっとも時間をかけてつくりあげられた場所はキッチンです。
奥さまは「もともとⅡ型のセパレートキッチンにしたいという気持ちが強くありました。暮らしに合ったかたちを探る中で、主人とふたりで試行錯誤しながら少しずつ形にしていきました」と振り返ります。
見学会では、シンクとコンロを分けたⅡ型のキッチンに加えて、隣に配置された食器棚とのつながりや動線の工夫に、関心を寄せられる方が多いそうです。見た目の美しさと使い心地、そのどちらも大切にしたいという思いが、細かなレイアウトにも表れています。
たしかに、実際の家事動作を想定してみると「洗う・切る(シンク)」と「調理する(コンロ)」は全く別の工程。作業場を分けるのは理にかなっていると言えます。
油で汚れがちなコンロの左右にスペースをつくることで、調理中もゆとりを持って作業できるようになっています。収納はオープンスペースを多くすることで調理器具などが取り出しやすく、扉がないためスツールなどを置いても邪魔にならない構造となっています。
隠しがちな冷蔵庫やパントリースペースは、使い勝手を考えて作業スペースから遠くならないように。その上で狭さを感じさせないよう天井高を工夫するなど、行き止まり感をなくして窮屈にならないよう工夫が凝らされています。
調理器具や設備などは、奥さまが国内外のメーカーから納得いくものを選定し、それがしっくり収まるようにご主人が設計。おふたりのこだわりがぎゅっと詰まった、とっておきの場所になりました。
家をつくるのではなく、暮らしをつくる

考え抜いた部分と、暮らしてから考えていく部分が同居した住まい。LDKから洗面に向かうスペースには、暮らしながら新たに設けた衣類収納棚がぴったりと収まっていました。
奥さまは「暮らし始めてから、洗濯物を畳んだり一時置きできる場所が欲しいと感じて、造作家具をつくりました。衣類を畳みやすいように、天板はスライド式で広げられるようになっています。」とし、ご主人も「この家には可動棚が多いんですが、どんどん使い方が変わっていくんです」と続けます。
廊下の突き当たりにも、あとから造作したという本棚がありました。
椅子:ニルス・コエフォード/EVA
「ここを書斎にしようかとも考えましたが、仕事をするよりもちょっとアイディアを見つける小さな居場所でいいかなと思い直しました。今は、子どもを寝かしつけてからここに座って、建築に関する書籍を眺めたりしています」
住まいの雰囲気を左右する床材は、フランスの農家で使われることが多いボルドーパイン。あちこちに鎮座するビンテージ家具との相性も考慮されています。
サイドボード(エルム無垢材):モーエンセン
テーブル:モーエンセン/シェーカーテーブル
照明:アルヴァ・アアルト/AMA500
椅子:ハンス・J・ウェグナー/CH24 Yチェア
アルヴァ・アアルト/Armchair 45
モーエンセン/J39
ニルス・コエフォード/EVA
子ども椅子:豊橋木工/アップライト
チェスト:ヘニング・イェンセン&トルベン・バヌール/M40
スツール:アルネヤコブセン/ドットスツール
「貴重な家具があるのに、子どもはのびのびと遊んでいる。その対比が、かえって心地よさにつながっているんだと思います。」
家を建てたことで、お子さまは積極的に創作遊びに親しむようになりました。お絵描きや折り紙、工作などを通じて表現の幅を広げています。
海や森のような、生き物がのびのびと暮らせる場所に心を惹かれるお子さまは、そうした棲家を自分なりにかたちにすることも楽しんでいるようです。
「家はあくまでも豊かな暮らしの副産物。人も植物も家具も一緒に生きて、ここで生まれる時間を等身大で受け止め、また生かしていくことに美しさがあるんだと思います」
そう話すおふたりの視線はやさしく、その先には自由な感性と可能性に満ち溢れたまっすぐな瞳が輝いていました。
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